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 内モンゴルから透明な歌声 7月デビューの歌手・オルリコ2010.8.3
透明な悲しさをたたえた歌声が、テレサ・テンを思い出させる。故郷は中国・内モンゴル自治区。伝統衣装でほほえむジャケットが鮮やかなシングル「ひぐらしの坂/忘れないで」で7月21日にデビューした。

 父はモンゴル相撲のコーチで、母は民族舞踊家。自身も舞踊を学ぶかたわら、日本で活動する母から送られた演歌のカセットやCDに親しみ、歌手への夢を募らせた。かの地でも放送されるNHK紅白歌合戦を毎年録音し、石川さゆりの歌などをまねた。「演歌を聴くと、不思議に心が癒やされた。大草原で星を見ながら聴いたりしていました」

 2003年に日本に移り住み、舞踊家として母と活動を共にしたが「やっぱり原点は草原。親類はみな遊牧民で、私も草原に行くと血が騒ぎます。裸馬にも乗れるんですよ。いつか紅白歌合戦に白馬で登場できたらいいな」。

 デビュー曲「ひぐらしの坂」では、遠く離れた母への思いを歌い上げる。「忘れないで」は、テレサ・テンのために作詞家荒木とよひさと作曲家の故三木たかしが作り、テレサの幻の遺作となった曲だ。馬頭琴奏者である妹イラーナが参加し、情趣を添えている。

 「歌を通して、病気の人を元気づけたり、けんかしてる夫婦を仲直りさせたりできるような、人の役に立つ歌手になりたいですね。猛暑の夏にデビューしましたが、私の歌でモンゴルの涼しい風を伝えたい」

 15回目の命日、追悼式典営まれる。2010.5.9
95年5月8日にタイで病死したアジアの偉大なる歌姫、テレサ・テン(享年42)の15回目の命日を迎え、台北市郊外の金寶山墓苑で追悼式典が営まれた。中国、香港、シンガポール、日本などアジア各地から約800人の関係者やファンらが集まり、在りし日をしのんだ。中国の映画製作会社が来年の公開を目指して、8000万元(約11億円)を投じてテレサの映画を製作することが発表された。

 永遠の歌姫テレサ・テンが呼び覚ましてくれた人間らしい心―中国2010.5.2
2010年3月9日、アジアの永遠の歌姫、テレサ・テンを偲ぶブログ記事が、中国のブログサイト・捜狐博客に掲載された。

テレサがこの世を去って15年になるが、いまだにその人気は変わらない。テレサは音楽界の女王だ。「“老ケ”(ケ小平)は統一の夢が叶えられなかったが、“小ケ”(ケ麗君=テレサの中国名)は中台のみならず東南アジアの統一を成し遂げた」という言葉を台湾で聞いたことがある。異なる文化背景と信仰を持つ人々が、テレサの歌声のもとに統一されたのだ。

中国本土でテレサの歌声が聞かれるようになったのは、77年頃から。テレサの歌声は文化大革命の模範劇や歌曲を転覆するものだと否定する人もいたが、穏やかな雨と風は砂漠にとって「転覆」とは言わない。これは征服ではなく、覚醒だ。テレサは我々の心の奥深くに眠っていた人間らしさを呼び覚ましてくれた。砂漠のように荒涼とした心に魂を吹き込んでくれたのだ。

闘争も革命もない。そこにはただ愛や気持ちを語る世界が広がっていた。世界中の中国人がテレサの歌に染まり、陶酔した。生活と愛、音楽と美が中国人の心に蘇った。中国にようやくモノが溢れだした80年代。我々はついに人間らしい生活を手に入れた。テレサの歌声は改革開放のBGMであり、文化を蘇らせる起爆剤でもあった。テレサは我々に世界を征服できるのは「愛と美」だけであるということを教えてくれたのだ。

 ケ麗君金曲慈善演唱會2010.5.1
永恆的巨星-ケ麗君,她的音樂故事永遠說不完

1967年9月十四歲推出第一張唱片開始,

ケ麗君的歌聲遍佈華人世界。

美國<時代>雜誌報導,將她名列為『世界七大女歌星』之一!




十五年前ケ麗君走了!〜

然她的歌聲與精神並沒有離開,

而是成為永恆傳奇,讓人永遠懷念

於是,在ケ麗君離開我們的第15個年頭,

在她的家鄉台灣,廣邀老中青三代知名歌手共襄盛舉,

重新詮釋ケ麗君不同時期的金曲

演唱會現場,經由VCR也能再度欣賞到ケ麗君小姐的迷人風采

帶領大家彷如進入時光隧道,

同時聆聽現場演唱的時空交錯之溫馨浪漫!!

時 間:2010年5月8日下午 07:30:00

地 點:台北國際會議中心大會堂

 中国のテレサの家2010.4.18

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